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評判になっていた今泉監督の恋愛ドラマ。今泉監督の作風が作風なだけに、ベタベタしたものでなく、むしろ優しくあっさりとした空気感が全編に感じられる。出てくる人物たちの距離感が絶妙で、引っ付いたかと思えばすぐに離れたり、また関係が再燃したり。そういう恋愛にドライな関係というのがしっかり見れる。そもそもが3人の恋愛が成立してないのは明らかだし、そこに気付けない人だからこそ愛とは何なのかとなる結論。キャラ全員が今泉監督の雰囲気にハマっており、主役の岸井ゆきのさんの柔らかい空気はピッタリ。江口のりこさんも思った以上にハマっている。恋すると一直線にしか見れなくなるという心情は確かに共感できるし、最後のテルコの決断も受け入れられてしまう。 >> 続きを読む
2020/10/31 by オーウェン
「愛がなんだ」のレビュー
小説との対比「愛がなんだ」は映画が先だった。映画を観て原作を読みたくなるのはタマにあるが、主要登場人物が、それなりに存在感があり、もう少し知りたいと思い、原作を読む事にしたのだ。そこで原作者が角田光代だったのでびっくりした。角田光代の「八日目の蝉」の映画を私は10年近く前に観ていて、子供を誘拐した犯人の心象や、その子供が大人になってからの気持ちが、映画だけではよく分からなかったので、本を買って読んだのだ。再び、同じ作家の異なる映画化作品の原作を読むとは思ってなかったので、角田光代の作品は登場人物を深く知りたくなる吸引力を持っているのだろうか。「愛がなんだ」においても、テルちゃんや、マモちゃん、葉子さん、ナカハラくん、すみれさんの主要5人の心象風景をより知りたくなったのだ。相関図は、テルちゃん(便利女)→マモちゃん(俺様男)→すみれさん(サバサバ女)。ナカハラくん(物欲しげ男)→葉子(女王様)さんとなり、テルちゃんはこの両方に関わっており、マモちゃんの為に甲斐甲斐しく世話をしても、夜中におっぽり出される始末で、友だちの葉子に泣きついたら、葉子の「ツカイッパ、飼い犬、下僕」のナカハラくんに迎えに行かせて、自分は家で酒を飲んで待っている。マモちゃんは男勝りのすみれさんが好きなのに、すみれさんは意に介さず、この5人の何でもない日常生活が淡々と描かれる。余談だが、このすみれさんが、「半沢直樹」の江口のりこだったので、役柄ぴったりに驚く。後半になって、マモちゃんがテルちゃんに別れてほしいと言う場面があるが、ここでテルちゃんは自惚れないでほしいと、いつまでも好きでいると思ってんのと、顔色一つ変えないで言うのだ。私を捉えて離さないものは、たぶん恋でも愛でもないのだろう。私の抱えている執着の正体が、いったいなんなのかわからない。けれどもそんなことは、もうとっくにどうでもよくなっているほど、好きなのに、そう言うのだ。人間は思っている事と裏腹な言葉が時には平然と出るもので、それが自分をある時は奮い立たせ、ある時は急激に悔やむ事になるが、その揺れも、その時々の精一杯の生きざまなのだろう。そうは言いながら、ラストで、性懲りもない面を出すテルちゃんと、少し前に葉子さんをあきらめたナカハラくんとの対比が描かれ、両者のストーカー同盟の違いを見せつけた。ただ小説では出てこなかったシーンが映画には有り、ナカハラくんの写真の個展を葉子が見に来るシーンには、ほっとさせられ、性懲りなさが顕著に出たラストのラストの秀逸さは映画に軍配が上がる。 >> 続きを読む
2020/09/03 by UZUKI0410
GEO
2019/11/03 by Wa-ko
このレビューはネタバレを含みます。 「共感」と「機微」の作品。この映画の冒頭で、私は「これはSNSで女どもが共感のエピソードを語りまくるのがわかる」と思ってしまった。かくいう私もテルコの気持ちが痛いほどわかる。冒頭、女が電話で誰かと話しているシーンから始まる。電話口の男から「具合が悪いから、もし田中さんが会社にまだいるようだったら何か買ってきてほしい」と頼まれている。「ちょうど今まさに会社出るところだったんだよ」と田中と呼ばれた女が言い、鞄を持って立ち上がる。しかし、そこはどう見ても会社には見えない。自宅と思わしき家を飛び出す女、田中テルコ。このワンシーンだけで、二人の関係性がわかってしまう。テルコは電話の男と恋人関係ではないが、家に訪ねていけるほど親密な関係であり、テルコは男のことが好きなゆえ、いつだって男のもとに駆け付けてしまう都合のいい女。具体的な説明をなにもせずとも、視聴者にわからせるテクニックがこの作品にはちりばめられている。買い物をして風邪をひいて熱を出しているという男の家に駆け付けたテルコは真っ黒な味噌煮込みうどんを作ってみせ、「なにか食べるものを」と言われたにも関わらずカビキラーも合わせて購入し、風呂場の扉全開で鼻歌を歌いながら風呂掃除をし始める。ここでテルコが空気の読めない女ということをまざまざと見せつけられてしまう。テルコの言動の「なぜ」の根源が、痛いほどに表現されている。・特定の曜日に連絡が来ることが多いから、その曜日には身構え、予定を開けたままにしている・いつだって会いに行けるよう、時間の調整をする・酔っぱらった勢いで家に行きたがる・解散する寸前で「家に行きたい」と直接的なことが言えず、言ってもらうまで待ってしまう・お風呂で頭を洗っていても、連絡にすぐ対応してしまう・相手の都合に合わせて自分の人生を決めてしまうここに共感して心を痛めている女がどれほどにいるのだろう。そして、このセンシティブな表現が絶妙すぎる。私の隣に座っていた女性は、上映中でも常にスマホの画面を気にし、通知もオフにせずテルコが中原と愛について言い合うシーンで涙を流したと思えば直後に上映前に投稿した「これから #愛がなんだ 一人で観るよ~ 楽しみ😂😂」というインスタのストーリーの足跡をチェックして、エンドロール中に席を立っていた。まさに”テルコ”らしい女性だ。きっと彼女は劇場を出たあとに、「#愛がなんだ やばいくらい泣けた😭 テルコの気持ちがわかりすぎて辛い😭 私も幸せになりたい…」とインスタのストーリーに投稿をして、”そのストーリーを見てほしい男”がちゃんと見ているかチェックするのだろう。ここまで人の「機微」が大きな軸になっている作品が、「機微」がわかりそうにない層にも刺さっているのがすごい、と思うがきっとそれは意図していなかったんだろう。人の「機微」が非常にわかりやすく描かれている。ちょっとおしゃれな単館映画にありがちな、こねくりまわしがなく”言語化するほどでもないがあまり理解できない他人の心情”が非常にわかりやすく描かれており、ここが上記の層にも刺さっているんだろうな、と感じた。テルコに自分を重ね合わせて泣き、SNSで不幸エピソードを連投してしまうような女性は、早く幸せになってほしい。私はまもちゃんの「自分はそこまでかっこいいってわけでもないし、飛びぬけておしゃれでイケてるわけでもない。でもそれを認めたくない。ああいうとびぬけた人に惹かれてしまう」というシーンで、息を吸ったり吐いたりすることを忘れてしまった。圧倒的なセンスを持った人にあこがれてしまう、中途半端なまもちゃんは可哀そうでもあった。セリフ選びが秀逸です。非常に良い作品でした。 >> 続きを読む
2019/05/23 by nishi129
てるちゃんがラップするシーン
2019/05/08 by shampooO
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愛がなんだ アイガナンダ 映画 「愛がなんだ」 | 映画ログ
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