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家族の肖像

Conversation Piece Gruppo di Famiglia in un Interno
ジャンル: ドラマ , コメディ
公開: 1978/11/25
製作国: イタリア , フランス
配給: 東宝東和=フランス映画社

    家族の肖像 の映画レビュー (最新順)

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    全3件
    • 評価なし

       ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画で初めて観た映画。私は高校生でした。
      今はなき、名画座、八重洲スター座で観ました。

       私にとって八重洲スター座の存在は大きいものでした。
      高校生が観るには少し、大人すぎた映画が多かったのですが、ヴィスコンティやフェリーニに出合ったのもこの名画座です。

       日曜日に行くと大体、満席。
      DVDもなかったから、名画座に来るしか、過去の名作を観る機会はありませんでした。
      だからこそ、今でも印象に残っているのです。

       DVD(衛星放送など)は簡単に家で観られる。でも私の中でいつまでもいつまでも残っている映画とはほとんどが、映画館、名画座、スクリーンで観た映画ばかり。テレビでも映画はやっていましたが、カットされまくり、私の中では映画を観た内に入らない。それは今でも同じなのです。

       この映画は、老教授(バート・ランカスター)の元に美しい男娼(ヘムルート・バーガー)が転がり込んでくる。
      1人で屋敷に住んでいるのに、家の中は「家族の肖像」でいっぱいです。
      若い美しい男に心ひかれながらも、死にゆく老人。
      その時、足音が聞こえるのですね、その音がとても怖かったのを覚えています。

       ヴィスコンティの描く貴族世界が、高校生の私にわかるはずがないのですが、私はこの映画にどきどきしてしまいました。
      何故、どこが?はっきり言えないのですが、もう、病みつきになってしまったのです。

       その後、ヴィスコンティ映画を観るようになりましたが、ラストの足音のようなときめきはあまりありません。その世界に圧倒はされることには変りありませんが。

       ヴィスコンティ監督は自身が貴族の名門の出身です。
      だからこその審美眼であって、綺麗綺麗なものだけ集めた訳ではない、とさすがに高校生の私もわかりましたが、「綺麗なものだけ見に行きたい」だとまず満足は無理です。
      それは今でも変わらない事なんだなぁ、と思います。
      >> 続きを読む

      2018/06/02 by 夕暮れ

      「家族の肖像」のレビュー

    • 5.0 切ない クール

      ネタバレ   このレビューはネタバレを含みます。
      "イタリア映画界の巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督の自らの死を近くに見据えた晩年の代表作 「家族の肖像」"

      イタリア・ネオリアリズムの開拓者であると共に、既に過去のものとなったヨーロッパ文明というものを愛惜する耽美主義者でもあり、ヴェリズモ(真実主義)とデカダンス(頽廃主義)の両極を備えていた、イタリア映画界の巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督が、自らの死を近くに見据えた晩年の代表作「家族の肖像」。

      この極めて舞台劇的な作品を1974年に完成した後、ルキノ・ヴィスコンティ監督は、彼の遺作となった「イノセント」を最後に、1976年3月、心臓病が再発して、69歳でこの世を去りました。

      この作品の演出は車椅子の上で行われたものであり、映画のタイトル・バックとラストに出てくる心電図のテープは、彼自身の"死の予感"を示すものであり、"死の足音"であったのかも知れません。

      この映画「家族の肖像」についてのヴィスコンティ監督自身の言葉は、この作品が彼の遺言だと言われているだけに、非常に重要な意味を持っていると思います。

      「私の世代の知識人である主人公は、時代と調和して生きることを知らぬまま、今日の世代と激しく衝突して、その結果、瀕死の余生を迎えるに至ります。年をとった人間が、若者に対して、自分の子供のようなつもりで触れ合いを持とうとしたところで、それだけで理解し合えるわけがないし、うまくいくわけもない。この主人公は人間嫌いで、他者からもたらされる騒ぎを嫌い、全き沈黙に生きることを望んでいるエゴイストで、マニアックな蒐集家です。人間と人間が抱えている問題こそ、人間が生む作品などより大事なのに、それを認めることを拒否している点では、罪ある人間です。私自身の世代の知識人の社会への関わり方とその責任、その意志、そしてその敗北という結果----つまり、文化というものの寓意をこの作品で問うてみたかった」と語っています。

      貴族の解体を描いた「山猫」や、老醜をさらしての少年愛を描いた「ベニスに死す」などの彼の作品には、社会的・家族的・知的な安定と静寂が、一転して矛盾に満ちた破局へと至る場面を描いたものが多く、その最後の瞬間において、「結局、人は自分と対決することになります。そして、それは直面する状況を何ひとつ変えられる望みのないほど、徹底して孤独なのです」と語る、ヴィスコンティ監督の人生観を知ることなしに、この映画を深く理解することは難しいのではないかと思います。

      この映画の主人公は、ただ"教授"と呼ばれますが、「進歩の代償は破壊だ」や「科学技術が奴隷制度を産む」という彼が語るセリフから察して、第二次世界大戦中、アメリカで原子力開発に当たっていた科学者らしいということがわかります。

      この"教授"を演じる名優バート・ランカスターは、「山猫」ではサリーナ公爵の役でしたが、1860年前後のイタリア統一時代の、旧勢力の没落を予見しながらも家父長的な矜持を守った公爵と、この「家族の肖像」での"教授"とには、何か相通じるものがあるような気がします。

      この映画の英語名での原題の「Conversation Piece」とは、18世紀に英国でよく描かれたという、上流階級の団欒をその画題にした一連の肖像画とのことですが、その描く「家族の肖像」は、気品に満ち溢れていますが、そのため、却ってその裏には、実生活での激しい憎悪と頽廃とが隠されているようにも思われます。

      この肖像作品の蒐集に専念することによって、"教授"が浸っていた、古き良き時代への"懐旧と静寂"は、現代の世相の縮図とも言える、不思議な四人の家族が間借人として闖入したことで破られることになります。

      各人それぞれに、異様で、また孤独な五人が、一見すると家族の団欒のように食卓を囲む場面は、現代的な"家族の肖像"ですが、"新旧の時代の対立と混乱"をはらむ、その肖像には、最終的には破局しかないのです。

      そして、富豪な夫人(シルヴァーナ・マンガーノ)のペットともいうべき美青年(ヘルムート・バーガー)への"教授"の想いに、「ベニスに死す」での美少年タジオへの少年愛を連想させるものを感じました。
      >> 続きを読む

      2016/05/05 by dreamer

      「家族の肖像」のレビュー

    • 5.0

      老教授の静かな生活を騒々しく乱す闖入者たちの自己中心的な振る舞いがむしろ痛快に感じた。知り合いにいたら嫌だけど、なんと迷惑で魅力的な人物たちだろう。いつしか彼らを受けて入れてしまう老教授の気持ちも分かる。年取ってからこんなバタバタに巻き込まれたくはないけど、たちの悪い災難や印象的な出会いは思いもかけず訪れる。

      2015/05/29 by sobriquet

      「家族の肖像」のレビュー

    • 他人事だと厄介者はとても面白く感じますよね。

      2015/05/29 by Siberia

    • 傍から見る分には面白いことって結構ありますよね。

      2015/05/29 by Paul

    家族の肖像
    カゾクノショウゾウ

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