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このレビューはネタバレを含みます。 侍が主君の非道に対して、我慢に我慢を重ねたうえ、遂に反逆の刃を抜く。主君に刃向かうのだから、もとより死をもお家断絶も覚悟の上。ひとたび抜かれた刀はもう元には戻らない。それまで忠義を貫いてきた武士の一生に一度の意地立てである。この映画「上意討ち 拝領妻始末」は、「切腹」で武士社会の非情さを描いた小林正樹監督が、再び、厳しい身分制度の中で、捨て身の闘いを敢行した"侍の意地と誇り"を描き切った秀作だ。主演は三船敏郎。18世紀の初めの江戸時代の享保の頃、会津松平藩の三百石の藩士だ。中堅の武士だが、めっぽう剣の腕がたつので一目置かれている。ただ、彼は養子なので、気の強い女房(大塚道子)に頭が上がらない。そこそこ平穏な暮らしをしていたこの侍、笹原伊三郎の家に、突然、難題がふってかかる。藩主、松平正容(松村達雄)が、気に入らなくなった側室、お市の方(司葉子)を、伊三郎の長男、与五郎(加藤剛)の妻に拝領せよと命じてきたのだ。この拝領妻というのは、現代風に平たく言ってしまえば、殿様が自分の女性の一人を、家臣の息子の嫁に、と押し付けてきたのだ。有難くおしいただくかどうか。これがまず第一幕だ。笹原家からいえば、拝領妻など有難迷惑。しかも、このお市の方には、松平正容との間に一子まである。伊三郎は、「怖れおおく」と必死に辞退するが、聞き入れられる筈もない。側用人(神山繁)から「これは命令だぞ」と強く迫られることになる。時代劇の緊張感は、斬り合いから生まれるだけではなく、上に立つ者と下の者が、暗い室内で向き合う。それだけで早くも、ただならぬ緊張が生まれてくるものだ。権力が命令という形で下の者に襲いかかるわけだから----。側用人の威圧的な態度。屈辱をこらえて平伏して、その言葉を聞く三船敏郎。白黒の厳しい映像が、この対峙する二人を鋭角的に捉える見事さ。刀は抜かないが、まさに"静かなる決闘"だ。そして、このシーンは、その後の悲劇を早くも予感させて、震えが出るほどの緊張感に満ちている----。こうして、笹原家はやむなく拝領妻をおしいただくことになる。嫡男、与五郎の嫁に迎えることになるのだ。ところが、迎えてみたらこれが思いもかけずに、気性のいい貞淑な女性で、伊三郎はひと安心する。与五郎との仲も睦まじく、やがて、二人の間に一子が生まれる。しかし、ここで悲劇の第二幕が開くことに----。江戸の藩邸で、正容の嫡子、正甫が急死する。となると、お市の方が生んだ子が世継ぎとなる。笹原家にとってまたしても一大事である。嫡子、正甫死去の報せを持った使者が早馬で領内を走る姿をカメラは、俯瞰で捉える。画面を左下から右上へと、画面を斜めに切り裂くように馬が走る。蹄の乾いた音が、"悲劇の到来"を告げるのだ。小林正樹監督の時代劇の凄さは、このような時代劇ならではの"様式美"にあると思っている。それは、この映画の冒頭の三船敏郎による広々とした原野での新刀での試し斬り、重厚な武家屋敷、城の天守閣、寒々とした国境の関所などの描写で、随所に発揮されていると思う。こうして、この映画は武家社会の"非情さと映像の様式美"が、見事に重なり合って迫力を作り出していくのだ。嫡子が死に、お市の方が産んだ子が世継ぎとなれば、お市の方は世継ぎの母として、再び城に戻らなければならない。重臣たちがまた策動し、笹原父子に、お市の方を城に返せと迫ってくる。初めは、拝領せよといい、今度は、返せという。人の心を踏みにじるのもはなはだしい。といって、命令に背いたらお家断絶が待っている。恭順か死か。極限状況に追い込まれた武士の苦悩が、観ている私の心に深く迫ってくる。父の三船敏郎、子の加藤剛、そして、何より素晴らしいのは、司葉子のお市の方だ。男性社会の中で翻弄されていく我が身を悲しみ、嘆きながら、それを弱々しく内に秘めてしまうのではなく、男たちに向かって決然と、自分はもう城に戻りたくないと言い放つ----。自分の気持ちを抑え、殺してきた女性が初めて、真底の心を言葉にする。どちらかと言えば、品のいいお嬢さん役の多かった司葉子にとっては「紀ノ川」と並ぶ一世一代の名演技とも言える素晴らしさだ。このお市の方にとっても、最初にして最後の意地立てである。女性の覚悟に、男たちが奮い立たぬ筈はない。上意討ちの大勢を向こうに回して遂に、笹原父子は刀を抜くのだ。このあたりは、まるで森鴎外の名作「阿部一族」を思わせるほどだ。そして、いったん刀を抜くや、三船敏郎が斬りまくるのだ。とにかくこの三船の殺陣は凄い。側用人の神山繁を斬り、関所を守る仲代達矢をススキの原の対決で倒す----。この三船と仲代の対決が、最後のクライマックスになるわけだが、烈風の中、二人がジリジリと間をつめていくピリピリするような緊張感は、ただごとではない。腕は互角だが、三船の笹原伊三郎の剣には、主君の非道に対する真っ直ぐな怒りがこもっているから強い。まるで鬼神のごとき凄まじさなのだ。こうした伊三郎のたったひとりの反乱は、最後、鉄砲隊の前に敗れ去っていくのだが、この闘いは、武士として、人間としての誇りを守るための死を覚悟した闘いなのだから、見事に"栄光ある敗北"になっていると思う。この映画の原作は「切腹」と同様、滝口康彦で、この原作では笹原父子は城外押し込めになるまでなのに対して、それをこの映画の脚本家、橋本忍は、刀を抜かせたのだ。三船敏郎が主宰する三船プロの製作だから、最後にどうしても見せ場を作りたかったからだろうし、この映画が作られた1967年は、ヴェトナム反戦運動が激化し、物情騒然の中、権力への反抗が時代の大きなテーマになっていたからでもあるだろうと思う。そして何よりも、時代劇の一番の魅力は、強大な権力との闘いにこそあるのだから----。この映画の現代感覚あふれる音楽は、日本を代表する作曲家の武満徹。そして、最後に残された赤ん坊を抱き上げて去っていく、実直な足軽の妻、市原悦子も光っている。男性中心の作品にあって、司葉子、市原悦子という二人の女優が、確実にこの映画の土台を支えていると思う。 >> 続きを読む
2017/01/16 by dreamer
「上意討ち 拝領妻始末」のレビュー
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上意討ち 拝領妻始末 映画 「上意討ち 拝領妻始末」 | 映画ログ
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