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ダウト あるカトリック学校で

Doubt
ジャンル: ミステリー・サスペンス , ドラマ
公開: 2009/03/07
製作国: アメリカ
配給: ディズニー

    ダウト あるカトリック学校で の映画レビュー (最新順)

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    全5件
    • 0.0

      ネタバレ   このレビューはネタバレを含みます。
      ジョン・パトリック・シャンリー原作&脚本&監督作品。過去数作観た彼の作風とは全然テイストが違うので、ちょっとびっくりです。目には見えないピアノ線の様な硬い緊張感が終始一貫、それも何本も張り詰めているような映画でした。そして「こうなの?」「ああなの?」と、あれこれ推察しがいのあるお話でした。

      「フリン神父は本当にその罪を犯したのか?」、真相が明示されないだけに、1番フォーカスされるであろう部分はここかと思います。でもそれ以上に、なぜシスター・アロイシスは彼をあそこまで追い詰めることができたんだろう?その現場を彼女が目撃した訳でもなく、確たる証言がある訳でもない。それなのに“かもしれない”の可能性だけで、なぜあそこまで厳しく執拗に詰問できたんだろうと、私はここがとても気になりました。

      立場の垣根なく生徒に接する彼の態度が、彼女が重んじる規律を乱す行為に映ったからなのか?
      それとも生徒に慕われる彼に、心の奥底では嫉妬していたからなのか?

      明らかにされない疑惑の真相と同様、その理由は分かりません。

      ただ私には、彼女の断定にも等しいあの言動は潔癖なまでの正義感よりも、無意識に抱える嫌悪感に衝き動かされていたように感じました。秘かに望んでいたこと=フリン神父がいなくなればいいのにという願望を、たまたま浮上した疑惑にこれ幸いと便乗し利用したと言うか……要するにフリン神父のことが嫌いだっただけなんじゃないかと。彼が善人か悪人か、疑惑が嘘か真実か。そんなことは本当は問題ではなく単に虫が好かなかった、気に入らなかった、それだけだったように見えました。

      聖職者であれ、それ以前に感情を持つひとりの人間である以上、合う・合わない、好き・嫌いは当然あります。何より『スポットライト』でも表沙汰になったように、子どもという弱い立場に漬け込んで好き放題していた司祭も実際にいたわけですしね、それも無数に。フリン神父の疑惑内容がそんな犯罪行為なだけに、違うなら違うときっぱり否定しない曖昧な態度に苛立つのも分かります。

      とは言え、それにしても一方的にあそこまで責め立てるのは観ていてちょっと、いえすごく不快でした。彼を“クロ”と断定し詰問する様はさながら自白を強要する刑事のよう。あんな剣幕で畳み掛けてこられたなら、解放されたい一心でやってなくてもやったと言ってしまいそうですよね(~_~;)

      だけど……フリン神父の一挙手一投足に目を光らせ、容赦なく追及するシスター・アロイシス。その姿を見る限り彼女が疑いを抱くというより、彼女自身の方が疑いという形のない怪物に絡め取られてしまったかのようでした。

      この“疑い”を論じるのに登場人物を聖職者という設定にしたのは、実体のない神さまを信じ、それを軸にして生きている人たちだからなのでしょうか。そんな、ある意味特殊な立場の人たちが問答を重ねることで、「信じるとは」「疑うとは」をより浮き彫りにして見せているのかなと思いました。

      冒頭のミサの説教にあった「疑いは確信と同じくらい強い絆になり得る」という、フリン神父のセリフ。 シスター・アロイシスにとってはそうなり得たのでしょうか?そしてフリン神父にとってはどうたったのでしょう。これもまた分かりません。

      ただ私なら……疑ってくる人との間に強い絆なんて、願い下げしたいですね(^_^;)
      >> 続きを読む

      2021/02/19 by 水川 灯子

      「ダウト あるカトリック学校で」のレビュー

    • 3.0 ハラハラ

      ネタバレ   このレビューはネタバレを含みます。
      誰も幸せにならない。 >> 続きを読む

      2019/03/19 by Sohsuke

      「ダウト あるカトリック学校で」のレビュー

    • 2.0

      ネタバレ   このレビューはネタバレを含みます。
      この神父・・・もしかして!?っと思わせるところが、とても胸糞悪かった。でも実際は証拠も何もなくて。若いシスターと少年の母親の"私はもう関わりたくない"発言にはびっくり。 人を疑う気持ちの物語だった。 >> 続きを読む

      2018/09/07 by mariko

      「ダウト あるカトリック学校で」のレビュー

    • 3.0

      ネタバレ   このレビューはネタバレを含みます。
      この映画「ダウト あるカトリック学校で」を観終えて、まず思ったのは、このドラマを舞台劇で観たら、さぞ面白かっただろうなという事です。

      元々この作品は、ブロードウェイの舞台でトニー賞を受賞した大ヒット舞台劇の映画化作品で、1964年のニューヨークのカソリック・スクールが舞台となっています。

      苛烈な規律を強いる校長(メリル・ストリープ)の下に着任したのが、規律よりも生徒の自主性を重んじる神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)。その神父が、アフリカ系の生徒に性的ないたずらを加えているのではないかと、校長が疑いを抱きます。

      神父は、本当にやったのか? -----。脚本は、その答えを巧みに避けていると思う。更に、校長と神父の対立には、厳格と寛容、禁欲と享楽、伝統と革新、そして逸脱への不信と統合への過信など、様々な"二律背反的な対立"が潜んでおり、このドラマに深い奥行きを与えていると思う。

      この事からも、このドラマは、実によく練られた、いい舞台劇だという事がよくわかります。

      だが、映画としては、かなり疑問が残ります。まず、舞台を広げすぎていると思う。演劇と違って映画では、空間が制約されないけれど、舞台の拡大は緊張の拡散も生むわけで、間が抜けてしまうような気がします。

      そして、カメラも動きすぎるので、かえって空間の意味を捉え損ねていると思う。例えば、校長の部屋に入ってきた神父が、当たり前のように校長の椅子に座ってしまう。

      学校の責任者は校長でも、教会の位階では神父の方が上位になるわけで、下座にされた校長の"ルサンチマン"を伝えるいい場面なのですが、この「校長の椅子」の意味が、ほとんど伝わってきません。

      これが舞台なら、"特権的な場所"という意味を、もっと明確にできただろうと思います。

      校長を演じるメリル・ストリープもかなり頑張っているとは思いますが、もっと距離をとって見た方が生きる演技だと思う。クローズアップにされると、まるでホラー映画のようで、笑いを誘ってしまうのです。

      そして、何よりも言葉に頼り過ぎていると思います。映画という表現媒体では、締めのひと言の重みを出すのは難しいものです。

      神父の悲劇だったはずのドラマが、最後のセリフによって校長の悲劇に逆転するはずなのに、それが決まらない。映像が言葉に先行するという、映画と演劇の違いを改めて思い知らされました。
      >> 続きを読む

      2017/05/25 by dreamer

      「ダウト あるカトリック学校で」のレビュー

    • 4.0

      感想川柳「疑いは 持ったら2度と 拭えない」

      レンタル店でパッケージ借りでした。φ(..)

      カトリック系の学校でシスターが唯一の黒人生徒の様子がおかしいと気付く。彼を特に気にかけていた神父との関係が、深くなりすぎたのではないかと校長に相談する。厳格で生徒から恐れられている校長はやったものだと決めつけ、神父を問いつめていく…というお話。

      また神父が子供に「おいた」した話かと思いきや、ちょっと違いましたね。(;・∀・)メリル・ストリープとフィリップ・シーモア・ホフマンのやり取りが凄い。元々舞台だったみたいだからか、長回しの台詞とか雰囲気あるし探り合いなど物語自体がすばらしい。

      メリル・ストリープの鬼気迫る演技は見物です。( ̄ー ̄)これ見てると世の中の神父だけじゃなくてシスターもヤバいんじゃないかと思っちゃいます。実際監督の経験から着想を得た作品みたいですし。神父の説教は意外と良い話だし、中庭の場面での季節感ある美しさはこだわりを感じます。(  ̄ー ̄)ノ

      疑いはどんな関係であれ1度でも持ってしまったらなかなか拭えないものですな。(;・∀・)
      >> 続きを読む

      2016/02/24 by Jinyuuto

      「ダウト あるカトリック学校で」のレビュー

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