こんにちはゲストさん(ログインはこちら) | 映画ログ - 映画ファンが集まる映画レビューサイト →会員登録(無料)

華麗なるギャツビー

The Great Gatsby
ジャンル: ドラマ , ラブロマンス
公開: 1974/08/03
製作国: アメリカ
配給: パラマウント映画=CIC

    華麗なるギャツビー の映画レビュー (最新順)

    最新のレビュー順 | 人気のレビュー順 すべての映画レビューとコメントを開く
    全6件
    • 評価なし

      昔の女に未練たらたらな男のどこが華麗なんだ?というものすごく現実的な感想しか…。あれはひき逃げなのに真犯人は罰せられてないってこと??なにもかもがスッキリしなくてモヤモヤ。原作は読んでません。

      2017/02/09 by aya5150

      「華麗なるギャツビー」のレビュー

    • 3.0

      毎夜のごとく豪勢なパーティーを邸宅で繰り広げる主人のジェイ・ギャツビー。
      だがそれには理由があり、ギャツビーの過去に関係している。

      リメイク版が新たに作られたが、一番知られているのはこのバージョンだろう。
      後半が原作とは違っているが、終わり方は統一させている。

      ロバート・レッドフォードとミア・ファローの美男美女のコンビが描く愛の行方。
      第3者が突然絡んだりなど謎の展開も多いが、男性よりも女性の方が好むメロドラマになっている。

      ちなみにリメイク版は見る予定なし。
      監督のバズ・ラーマンとは一切合わないので、多分今回も似たような感想だろうな(笑)
      >> 続きを読む

      2017/01/17 by オーウェン

      「華麗なるギャツビー」のレビュー

    • 5.0

      バズ・ラーマンの方よりもこちらの方が断然いい。ストーリーも最後までしっかり作られてるし、人物像もよく描写されている。古いけど何の欠点もないと思うのだけど、なぜわざわざ作り直したのかわからないほどよく出来ていると思うのだけど。
      原作を(最後までまだ)読んでいないのだけど、まあこっちの方が確実に原作に近いだろう。ということはつまり、作者の言いたかったことがきちんと描かれているということ。
      金持ちが大好きな女と、若かりし頃にその女に恋をした男が長い年月を経てもいまだに恋心を持ち続けて、その女に認めてもらいたいがために金持ちになった。そして薄情な女は最後には結局金をとっておしまいとなる。男の、一途で愚かな恋物語である。

      ”Her voice is full of money."
      のひと言で表現されるけど、本当にギャッツビーに恋をしているのだとしたら、なぜ「恋心」に走ることをせず夫に別れを言えない(言わない)のか、というあたりから、だんだんデイジーの正体が見え始める。

      ミア・ファローは特に綺麗な女優さんだとは思わないし、そんなに長年思い続けるほどの女性だとは思わせないのだけど、結局は性格の悪い女なわけで、見ている方は最後には嫌いになるのだから、あまり好感度の高い魅力的な女優を使うとその辺の効果が薄れるから、この配役は適していると思う。(8年前は若くてもっと綺麗だったんでしょう、ってことで(笑)。)

      それよりも、「この人に認められたい、振り向かせたい、自分を待たずに結婚してしまったのは自分が貧乏だからだ」という思いから、頑張って金持ちになった男の純情さがメインポイントなのだ。

      それで、ギャッツビーはなんでそんな風に思ってしまう人物なのかというと、「自分よりも高い位置にあるものに憧れる」人だからである。子供の頃から向上心があって、そのままの自分には満足していなかった。そういう人は、「自分より上」にあるものに憧れるものだからなのである。原作は心理学的にもきちんと練られているのである。

      バズ・ラーマンの方はその辺がまったく描き切れていなかったので最後が退屈したのだ。
      >> 続きを読む

      2016/06/12 by MKau

      「華麗なるギャツビー」のレビュー

    • バズ・ラーマンの方を以前視聴しました。
      そっちだとあまり感情の重みみたいなものを感じられなかったので、こちらの方も観てみたいと思いました!

      バズ・ラーマンの方だとやはり新しいからか、映像がきれいでそっちの方に飲み込まれてしまいました。
      >> 続きを読む

      2016/09/01 by えりこ

    • 4.0 切ない クール

      ネタバレ   このレビューはネタバレを含みます。
      "裏切られた男の心の奥底のロマンティシズムを描く、失われた世代の作家F・スコット・フィツジェラルド原作の映画化 「華麗なるギャツビー」"

      1970年代のアメリカ映画界は、1930年代へのノスタルジーを込めた作品がブームになっていましたが、この「華麗なるギャツビー」という映画は、更に時代を遡った、頽廃の花咲く1920年代の"成金文化"を背景として描いています。

      この映画の原作は、"失われた世代"の作家と言われる、F・スコット・フィツジェラルドで、彼は第一次世界大戦の勝利で成金の国になったアメリカという国をバックに、金にまかせて狂乱のごとく、浮かれ騒ぐ、アメリカの消費者たちの精神的な混乱をテーマにした小説を、この原作以外にも数多く書いています。

      彼の小説はそれまでにも幾つか映画化されていて、例えば、1954年の「雨の朝巴里に死す」(リチャード・ブルックス監督)は、退廃的でデカダンな日々を送り、深酒に酔いしれる新進作家が、そのような荒んだ日々の中にも、エリザベス・テイラー演じる美貌の女に果たせぬ思いを寄せるという内容の作品でした。

      内容的にはややメロドラマ調の映画でしたが、酒でも飲まなければいられない、男の心の奥底のロマンティシズムといったものが、テーマとなっていました。このように、F・スコット・フィツジェラルド自身が、かなり破滅的な人生を送り、酒に溺れて、晩年は不遇のうちに亡くなったそうです。その破滅的な生きざまは、日本の作家で言えば、太宰治や坂口安吾などの無頼派の作家と共通するものがあるように思います。

      映画「華麗なるギャツビー」は、ある男の生きざまの悲哀を、"男心は純情"という思いの込められた作品で、原題の「THE GREAT GATSBY」の中の"GREAT"はアメリカの俗語で、"いかす"という感じで使われているそうですが、ギャツビーの短い悲劇の生涯は、まさにその表現がぴったりします。

      ニューヨーク郊外のロングアイランドの湖畔にある大邸宅で、夜な夜な催される豪華なパーティ。そこでは楽団の派手な演奏と共に、数多くの男女が集まっては飲み、食い、踊り、騒ぐといった饗宴が繰り広げられていました。

      ところが、この邸の主人はほとんどこの饗宴には顔を出さず、部屋にこもり、何かの思いに耐えているようで、彼の素性は謎に包まれていて、このパーテイに招かれる上流階級の人々も、陰では彼を密輸や麻薬といったもので成り上がった暗い過去を持つ成金じゃないかと噂します。

      しかし、ギャツビーは表面的には一分のすきもないくらいの美青年であり、その笑顔は爽やかでさえあり、こんな主人公を、当時のアメリカ映画界で人気、実力共にNo.1であったロバート・レッドフォードが「追憶」そして「スティング」で見せた魅力的な微笑というものが、この映画ではその微笑の裏に"暗い翳り"を秘めた男を、惚れぼれする程の良い男っぷりで演じていて、まさにミスター・ハリウッドという形容がぴったりするくらいで、当時、ゲーリー・クーパーの再来と言われていた事が納得出来ます。

      ギャツビーが人生を賭けてまで愛した女性デイジー役のミア・ファローは、はっきり言ってミス・キャストで、魔性を秘めた魅惑的な女性デイジーのイメージにはほど遠く、当時、他にデイジー役を演じる女優がいなかったのかと残念でなりません。昔であれば、エリザベス・テイラーが演じていた役どころで、リズだったら魔性の魅力を秘めたデイジーを余すところなく演じていただろうと思います。

      この邸の対岸には、彼の初恋の女性デイジー(ミア・ファロー)が、シカゴの大財閥トム(ブルース・ダーン)の妻として贅沢な、そして倦怠の日々を送っています。戦争にも行かなかったトムは、浮気癖があり、こともあろうに近くの貧しい自動車修理屋の人妻(カレン・ブラック)との情事を楽しんでいます。そして、その夫(スコット・ウィルソン)は、真面目一方の気弱な男として描かれています。

      貧富の差が対照的なこの二組の夫婦、そしてギャツビーの過去と現在そして未来を見透かすように立っているのが、街道筋の大きな眼鏡の立看板であり、この立看板というものが、"神を象徴する役割"をこの映画で果たしていると思います。このあたりをさりげなく見せる、ジャック・クレイトン監督の演出のうまさが光っています。

      そして、トムとデイジー夫妻の知人であり、ギャツビーの隣人でもあるニック(サム・ウォーターストン)も、この映画の舞台回しというか、狂言回しとして、"冷静な観察者"として、実にうまく描いていると思います。

      このニックを介してギャツビーは、やっと恋い焦がれた、初恋の女性デイジーと再会する事が出来ますが、戦争から帰るまでどうして待っていてくれなかったのかと詰問する彼に答えて、「金持の娘は貧乏人とは結婚できないのよ」と言うまでに、デイジーは上流社会の生き方が身にしみて育った、いわば"砂糖菓子"のような女でした。

      原作の小説の中で、「その声までが金持らしい娘」と書かれていますが、甘やかされて、わがままな反面、繊細な感情のひらめく魅力的な女、天真爛漫な華やかさと功利に長けた計算とが一体となったような、矛盾に満ちた女------女とは本来、このような"魔性"を秘めたものなのかも知れませんが、しかし、映画を観ている間中、こんな女に何故惚れてしまうのか、と言いたくなる感情を抑えきれませんでした。

      そして、デイジーとの間に愛情が取り戻され、ギャツビーが一生を賭けた恋が成就するかと思われたが、その破局は一気に訪れます。

      暑いニューヨークのホテルでのギャツビーとトムとの確執、対決は、デイジーを錯乱させ、彼女の運転するギャツビーの黄色いロールス・ロイスは、自動車修理屋の妻を轢き殺してしまいます。キャツビーはデイジーをかばって彼女を夫のもとに送り届けますが、翌日、この自動車修理屋は妻の浮気相手のトムを殺そうと迫りますが、トムにギャツビーが犯人であると吹き込まれて、ギャツビーをそのプールで射殺して自殺します----。

      女を思い詰めた二人の男が同時に死んだのです。大邸宅も巨大な財産も、そして命さえも、男はただ一人の女に捧げて悔いはないかのようです。この映画でのロマンティシズム、恋にそして人生に破れて死んでいった男の姿はまことに哀しく憐れでもあります。

      そして、生き残ったデイジーは、ケロリとして夫とよりを戻し、何事もなかったかのように、陽気に旅立って行きます。女の軽薄さを示すこのラストで、死んでいった男の哀しさ、憐れさが、余計に我々、観る者の心に迫ります。

      この映画での"冷静な観察者"であるニックが言うように、軽薄なトムとデイジー夫妻は、それぞれ身勝手な事をやって、その始末は誠実な他人の死によってあがなわれ、彼らの豪奢な生活は守られたのです。

      うわべだけの薄っぺらな上流階級の人々より、どれだけギャツビーの方が人間的に優れているか----、虚像と実像の違いを原作者のF・スコット・フィツジェラルドと脚色のフランシス・フォード・コッポラと監督のジャック・クレイトンは、ニックの目を通して、憤怒の思いで描いていると思います。

      フランス戦線での勲功章だけは、ギャツビーに残された唯一の確かな履歴であり、また、古い日記に書かれた少年の日の決意といったものが、彼の本質を切なく語っていると思います。

      一、発声練習、二、勉強、三、毎週の貯金三ドル、四、禁煙、五、親孝行----。

      この映画はギャツビーという一人の人間を通して、アメリカの純情に熱い懐旧の涙を注いでいる、切なくも哀しい人間ドラマであり、単なるラブロマンスの映画ではないのです。

      なお、この映画は、1974年度の第47回アカデミー賞の最優秀音楽(歌曲・編曲)賞と最優秀衣装デザイン賞を受賞し、同年のゴールデン・グローブ賞の最優秀助演女優賞(カレン・ブラック)を受賞し、また、同年の英国アカデミー賞の最優秀撮影賞・美術賞・衣装デザイン賞を受賞しています。
      >> 続きを読む

      2016/04/19 by dreamer

      「華麗なるギャツビー」のレビュー

    • 2.0

      原作は読んだのですが、最初と最後がすごく良かったという印象以外、何も覚えていない状態で見ました。

      原作を熱烈に愛しておられる村上春樹さんが、「村上さんのところ」の中で、この映画は悪くはないけど配役がちょっと、もうひとつ、というようなことを書いておられて(本が手元にないので正確な引用ではないです。すみません)、少し浅はかで、でも美しくて人をひきつけずにはいられないデイジーの役に合う女優さんはなかなかいなくて難しい、というような意味のことをおっしゃっていました。
      ドラマ「ゴシップガール」の中でも、映画おたくの男の子が「この映画は原作の核を描けていない」と批判していましたが、原作を読み込んでいる方にはそう感じられるのかもしれませんね。

      かるーく読んだだけの私にはミア・ファローもロバート・レッドフォードもイメージにピッタリで、よく出来てると思いました。
      強いて言えば、語り手のニックの役者さんがイメージとは違っていたかな。

      ロバート・レッドフォードは映画の中で、「あいつ、ピンクのスーツなんだぜ」なんて揶揄されていましたが、あのピンクのスーツ、良かったなぁ。ラルフ・ローレンとエンドクレジットに書いてありましたが、ブロンドの髪にすごく似合ってた。
      昔「リバー・ランズ・スルー・イット」のブラピを見た時、「監督(レッドフォード)にそっくり!」とびっくりしたものだけど、この映画を見ると、逆に「ブラピにそっくり!」と思いますね。
      ミア・ファローは目が大きくて、メーテルみたいで、ちょっと声がうざくて、なんか役にピッタリ・・・と私は思ったのだけど。

      村上さんがどういう女優さんなら納得されるのか興味あります。具体的な名前を書いてはおられませんでしたが。
      それこそゴシップガールのブレイク・ライブリーなんてどうかな~と思ったり。考えるのは楽しいですね。
      ちなみに、村上さんはディカプリオ版は好きで楽しんだ、と書いておられたので、そっちもぜひいつか見たいと思います。
      >> 続きを読む

      2016/04/19 by みけ猫

      「華麗なるギャツビー」のレビュー

    • ゴシップガール、ブレイクライブリー。セリーナっすね。ゴシップガール一時期めちゃハマりだったのですごく気になります! >> 続きを読む

      2016/04/19 by メッシイ

    • そうそう、セリーナです! いや、私はミア・ファローもデイジー役にハマってると思ったのですが、他に誰なら合うだろうと考えてセリーナが思い浮かんだだけなんですが。
      でも、セリーナ=セレブな女の子の役なので、ちょっと安易すぎだったかな?
      >> 続きを読む

      2016/04/19 by みけ猫

    もっとみる

    華麗なるギャツビー
    カレイナルギャッピー

    映画 「華麗なるギャツビー」 | 映画ログ

    会員登録(無料)

    今月のおすすめ映画
    読書ログはこちら
    映画ログさんのラック

    最近チェックした映画