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馬と呼ばれた男

A Man Called Horse
ジャンル: アクション
公開: 1970/04/18
製作国: アメリカ
配給: 東和

    馬と呼ばれた男 の映画レビュー (最新順)

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    全2件
    • 3.0

      狩猟をしていたイギリス人のモーガンがスー族に囚われ、馬に繋がれてしまう。
      そのまま村に行き、奴隷のような扱いに。
      しかしモーガンは一族の娘を気に入り、そのために試練を受ける。

      最初は随分と捉えどころのない西部劇だが、次第にスー族の掟を知り心を開いていく。
      突然にではなく、じっくり時間をかけているので、嘘偽りなく一族の仲間になっている。

      それにしてもあの痛々しい儀式はどうにかならんものか。
      インディアン独特の文化に触れた作品だが、続編があるらしく機会があれば見たいかも。
      >> 続きを読む

      2017/11/22 by オーウェン

      「馬と呼ばれた男」のレビュー

    • 4.0 ハラハラ クール

      "西部劇の妙に記憶に残る異色作、馬と呼ばれた男"

      妙に記憶に残る映画があります。サンディ・ハワード製作、エリオット・シルヴァースタイン監督、リチャード・ハリス主演の「馬と呼ばれた男」という西部劇の異色作です。

      アメリカの開拓時代、ダコタ山中に狩猟にやって来たイギリス人貴族が、原住民のスー族に捕らえられて奴隷の身となるが、勇猛ぶりを発揮して頭角を現して、遂にはスー族一の勇者として尊敬されるようになる----という物語で白人酋長がテーマの西部劇ですが、この映画でのインディアン(現在はネイティブ・アメリカンと言っていますが)の捉え方が従来の物と一味も、二味も違っていて非常に興味深い内容になっている映画です。

      まず面白かったのは、フランス語を話すインディアンが出て来た事です。インディアンが出て来る西部劇は、かなり観て来ましたが、こういうのはほとんどなかったように思います。観終った後、調べてみると、インディアンをどんどん討伐し、彼らをより好戦的にさせていったのは、北米大陸のイギリス人植民者であり、その方針を受け継いだアメリカ合衆国でした。

      それ以前の開拓時代初期には、そういう事はなくて、フランス人植民者が、積極的にインディアンと交易の道を開いていました。だから、インディアンがフランス語を話すのは、ごく自然だったのです。考えてみれば、スー族のSiouxという名前からして、フランス語の綴りですからね。

      主人公のイギリス人貴族(リチャード・ハリス)がスー族に捕らえられた後、脱走を企てて失敗し、丘の斜面にある囲いをした広場へ追い詰められる場面も非常に面白いですね。どういうわけか、インディアンたちが囲いの中へ入って来ないのです。遠巻きにして、ただ騒いでいるだけです。

      リチャード・ハリスが上を見上げると櫓のような物があって、その上に"鳥葬"らしき死体。ここは彼らスー族の墓地であり、聖域だったんです。そして、大人たちの代わりに子供たちが近づいて来る。----"禁忌(タブー)"という概念の見事な絵解きとも言える、印象に残る素晴らしい場面でした。

      戦士の息子を失った母親の最期を描くシークェンスはかなりショッキングです。インディアンの社会は男性を中心に成り立っています。一家の支えでもある息子が死ねば、残された老母の面倒をみる者は誰もいなくなります。食べ物を恵んでやる者もいません。家や道具は他の女たちに分配されてしまいます。

      冬になれば、残された老母は野垂れ死にするしかないという厳しい"共同体の論理"が提示されていて、新鮮な驚きを覚えました。どこか日本の"姥捨伝説"を思わせる残酷さというものを感じました。

      だが、残酷さという事からいえば、何といってもリチャード・ハリスの勇気を試す"太陽礼拝"の場面に止めを刺します。両方の胸に動物の骨で作った鉤を打ち込み、天井から綱で何時間も吊り下げます。この試練に耐えた者だけが、真の勇者として認められるという"加入儀式"。凄惨で、とてもトリックとは思えない程のリアルな描写で描いていて、正しく手に汗握る迫力がありました。

      ここでいう、"共同体"とか"加入儀式"というのは、文化人類学や民俗学の用語ですが、「馬と呼ばれた男」という映画は、これに正しくピタリと符合する、学問的な姿勢と綿密な考証によって製作された映画なのです。

      この事は恐らく、ドロシー・M・ジョンソンの原作を脚色したのが、アメリカ・インディアンの研究家として知られているジャック・デ・ウィットが脚色しているからだろうと思います。彼はこの映画の後も、アメリカ・インディアンの生態が出て来る、続編の「サウス・ダコタの戦い」(アーヴィン・カーシュナー監督)やサバイバル物の傑作「荒野に生きる」(リチャード・C・サラフィアン監督)などの脚本も書いています。

      西部劇でのインディアンの描き方は、大きく分けて二通りあると思います。一つは、インディアンを白人の敵役として描く物。「駅馬車」「アパッチ砦」などのジョン・フォード作品を始め、数多くの西部劇がこれに属します。

      もう一つは、インディアンを哀れな被征服民族とみなして大いに同情し、"悪いのは全て白人だ!"と告発するかのごときスタンスをとる物。
      西部劇が下降線をたどった1960年代以降に盛んに登場したタイプで、アーサー・ペン監督の「小さな巨人」、ラルフ・ネルソン監督の「ソルジャー・ブルー」などの作品が並びます。随分と進歩的な考えを打ち出しているように見えますが、白人文化の絶対的な優越性を信じ込んでいる点で、前者のタイプとほとんど変わらないと思います。

      それに対して、この「馬と呼ばれた男」でのインディアンの捉え方は、このどちらでもありません。もともと、白人の文化とインディアンの文化は、質的に異なる文化です。それぞれ独自の価値体系に支えられており、その優劣を比較する事は出来ないと思います。どちらが上という判断も出来ないし、どちらが異常ということも言えません。

      したがって、いかに奇異に見える風習、残酷に映る行為でも、ありのままに描いていこう、という考え方。これは明らかに、"文化人類学の基本的姿勢である文化相対主義"なのです。この映画が学問的な姿勢で製作されているなと思ったのはこの点なのです。

      そして、この「馬と呼ばれた男」に大きな影響を受けて製作されたのが、ジョー・ワイザン製作、シドニー・ポラック監督、ジョン・ミリアス脚本、ロバート・レッドフォード主演の「大いなる勇者」です。フランス語を話すインディアンが出てきたり、葬場を荒らす禁忌(タブー)が描かれたりしていました。
      >> 続きを読む

      2016/03/29 by dreamer

      「馬と呼ばれた男」のレビュー

    • インディアンって言えば、お子さま時代に、口を手のひらで叩いて、アババババーって遊んでいたのを思い出しましたー♪ >> 続きを読む

      2016/03/29 by makoto

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